アメリカも中国も韓国も反省して日本を見習いなさい

ジェイソン・モーガン 育鵬社 

十七録(となろく):心から日本の文化誉める本

pp.154-155
「おもしろうてやがてかなしき」の感受性

 二〇年以上前に浮世絵を見て初めて日本のことが好きになりました。それがきっかけでさまざまな日本の芸術に触れるようになったのですが、松尾芭蕉の句(英訳)を知ったときもかなり感動しました。
「おもしろうてやがてかなしき鵜舟(うぶね)かな」
 とりわけこの句は人間の心の機微をうまく表現した、すぐれた句だと思います。
 もちろん、この句を知ったときには鵜飼いなど見たこともありません。解説で鵜飼いのなんたるかを知り、頭を殴られたような気がしました。
 後年、念願がかなってよくやく鵜飼いを見ることができたときの心境は、まさにこの句です。鵜匠(うじょう)の巧みな縄さばきと、魚を見事に捕らえる鵜は、人馬一体ならぬ人鵜一体で、たいへんおもしろい「見世物」だったのですが、一生懸命つかまえた魚を、鵜は食べることができません。その場で実際に見ると、技と巧みさに目を見張り、魚をつかまえた鵜に歓声を送り、とても楽しかったのに、ふと悲しく、虚しい気持ちが胸に去来します。たとえば勤め人は、自分の境遇、人生を鵜の姿に重ね合わせてしまうかもしれません。
 私たち人間には、いろいろな希望や願望がある。欲だってあります。いくらそれを満たしてもまだ気がすまない。絶対な権力を握っても、莫大な財産を手に入れても、もっと欲しいもっと欲しいと欲を抑えることができません。
 鵜飼いの鵜はただ魚が食べたくて一生懸命に魚をつかまえます。でもそれを飲み込むことはできません。つまり欲求不満な状態です。人間もまさにそうです。いくら欲を満たそうとしても満たせません。欲におぼれる姿は滑稽でもありますが、虚しく悲しい。なんとすぐれた句でしょう。日本人の心は深いと思いました。
 芭蕉はたった十七文字で、人間の複雑な心情を見事にいい表しています。鵜に対する強烈なシンパシーを感じる芭蕉の、そして日本人の感受性は誇りにしていいと思います。

以下、感想
 本書は、日本の優れたところを米国人が見事に紹介している。しかも、かなりこなれた日本語となっている。一箇所「念願がかなってよくやく鵜飼い」は「ようやく」の誤りであるが、これは作者が間違えているのかもしれないが、推敲漏れだろう。たった十七文字(句としては字余りだが、文字数は確かに十七文字の句である)でこれだけの心の機微を詠んでいるのは、さすが芭蕉である。しかもいまでも長良川を訪ねれば、その情景を堪能できるとは、日本はなんと素晴らしいのだろう。
 この書は読みやすく、たくさんの日本人に読んでほしい本である。